4月①
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春は嫌いだ。


恐ろしいほどの羞恥心にさいなまれる。
桜の甘ったるくて官能的な薫りがどこまでも追いかけてくる。
幾度も気絶しそうになりながら
やはり自分は生きてはいけない人間じゃないかと思う。





彼女に会ったのは、そんな自分を辱める満開の桜の薫りが特に強くなった、高2の始業式の時だった。

4月②
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高2の始業式。


僕は中学が一緒だった高島ふみえとクラス替えの結果同じクラスになった。

「ゆいこ!!!元気だった?」

「いや、昨日も会ったから遊んだから。元気だったってなんだよっ!!!!!」

「いや、久々の再会チックな雰囲気をだそうかなと」

「いらないいらないいらないから!!!!!」

そこではじめてふみえの隣に少女がいるのを認める。
優しげな口元。大きな目。ストレートの黒髪が風になびいてさらさらと音を立てているような気がする。

「…ゆいこ、その子可愛いでしょ」

ふみえがにやついている。
と、同時に少女が口を開いた。

「大谷柚木です。ふみえちゃんとは去年同じクラスだったんだ。よろしくね」

差し出された柔らかい手を軽く握りながら僕も自己紹介でそれに応じた。

「川村由利子です。こちらこそよろしく。」


ここでならちゃんとやっていける。


そんな気がした。
4月③
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担任は30代半ばの体育教師で、生徒の評判も悪くない。垢抜けたキャラはクラスをすぐになごませ初日にして一体感のあるものへと変えていった。


「はいっ!!!!じゃあ自己紹介いきましょうか!!!まずは出席番号1番からな」

自己紹介はよどみなく進む。
2回目の自己紹介は割とスムーズにすすんでいった。









「カタカタカタカタ」という音が隣から聞こえてきたのは
あと3人程で自分の番にさしかかる時だった。



神経質な音に思わず隣の席を見る。





ショートカットの小柄な女子がシャーペンを逆さにもって震えていた。
彼女が身体を小刻みに揺らす度にシャーペンが机に当たって耳障りな音を紡ぎ出していた。


「大丈夫…だよ?」

声をかけずにはいられなかった。

彼女の震えが一瞬止まってびっくりしたような顔をこちらに向けてきた。

見るからに華奢で繊細で壊れてしまいそうな顔。
こんなに危ういバランスを保った綺麗な顔をはじめて見た。

4月③
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「大丈夫だから。落ち着いた方がいいよ」
もう一度声をかける。

今度はさすがに自分のことだと気づいたみたいで
「ありがとうございます。」と、消え入りそうな声でつぶやくと
いつのまにか彼女の番になっていた教壇での自己紹介へと臨んでいった。
4月④
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彼女が教壇の上に立った。怯えた目で辺りをゆっくり見渡すと、担任の視線に気付いてやっと小さな口を開きはじめた。


「かっ…かみっ……神山聡子……です。えっと…人前で話すのが…苦手で…あの…その…。」


静寂が訪れる。
彼女が一生懸命なのは伝わる。
視線を泳がしながらも何かを考えようとしているからだ。

僕は彼女を見て
「落ち着いて」
と口パクで言ってみた。
彼女は一瞬だけ僕の方を見てほっとしたような表情を見せた。

「……人見知りで…自分からはいけない性格なので、話しかけてくれたら嬉しいです。」

彼女は少し早口で自己紹介を終わらせるといそいで自分の席へと戻った。

「お疲れ様」と声を掛けるとペこりとお辞儀をされ、
「次…ですよ?」と言われた。


今更になって自己紹介の緊張が襲ってくる。
僕はゆっくりと教壇へ歩み始めた。
4月⑤
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「あん時のゆりこの自己紹介めっちゃうけた!!歩き方オードリーの春日っぽかった」

「あんなに胸張ってないって!!!!!」

「緊張してたんだよね。春日なんてひどいよ、ふみえちゃん」





新学期も数日過ぎ、ようやくこのクラスにも慣れはじめた。
ふみえは未だに初日の自己紹介をネタにする。


「だってほんとのことだし」
「言っていいことと悪いことがあるでしょーがっ!!!!!」

柚木がまあまあとたしなめる。
平和な日常の中で














やはり彼女のことが頭から離れずにいた。
4月⑥
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あの日から彼女とは一言も話していない。
常に2人の少女が従者のように付き添っているからだ。

授業中の彼女は常にうつむいて下を向いていた。
あてられても上手く答えずに黙ってしまう態度は多くの教師をいらだたさせた。

従者のひとりは彼女とはまるで正反対の華やかな容姿を持ち、
もう一人は背が高くて色白だった。


「はるかちゃんと水村さん?」

「ふみえなんで知ってんの」

「2人とも去年一緒のクラスだったから。ねえ柚木ちゃん?」

「うん。あんまり話したことなかったけど。」

「はるかちゃん可愛いもんね…ゆりこ…惚れた?」

「なんでだよっ!!!!!!うちも一応女子ですからっ!!!!」

はるかちゃんこと、田中はるかは明るく、その華やかな容姿も伴って割と人気があった。
軽音部でボーカルを務めるはるかはいかにも今時な感じがして僕は苦手意識を持っていた。


なんで彼女と仲が良いのかよくわからなかった。


「水村さんって大人しいよね。」

「でも器用だったよね」

水村美保は大人しい方で
こちらは彼女と合っている様な気がした。


「2人とも神山さんのことは知らないの?」


4月⑥
8 / 11


「同じクラスじゃなかったからよくわかんない。柚木ちゃんは?」

「中学は一緒…らしいけど。それぐらいかな。」


彼女のことをもっと知りたい。

湧き出てくる欲求は今まで感じたことのないものだった。
4月⑦
9 / 11


何故彼女に惹かれるのかはわからない。
もしかしたら里菜に似ているからかもしれない…と思う。


里菜。

















僕の親友だった人。








いや、と首を振ってすぐに考えを打ち消した。
彼女は里菜とは違っている。

決定的に違うところがあるはずだ。
それは何かわからないけど。






4月⑦
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明るいふみえのおかげで僕もクラスの中に自然と溶け込んでいった。
教室移動の時に誰かが傍に居てくれることの安堵感は僕を一時的には幸せにした。




けれども
一人で居たときよりも
僕はもっと一人きりになったような気がした。
4月⑧
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昼休み。ふみえは委員会で柚木は所属している合唱部の昼練で、

僕がひさびさに一人の時間を過ごしていた時だった。



近くのドアが急に開いて誰かの声がする。誰か、って誰だかはわかっているけど。

「高島いる?」

「ふみえなら委員会だけど。」後ろを向いたまま答える。

「すぐ戻ってくるっしょ。ここで待っててもいい?」
僕は頷いた。

声の主は教室に入ってくると
僕の目の前の開いている席に座った。

「ゆりこ久しぶり。」

「ルーシーも元気そうで。」
ふみえの中学の同級生で僕の小学校からの同級生でもある、ルーシーこと、小川瑠依。
僕は春よりもこいつが嫌いだ。

「相変わらずゆりこは冷たいよね。だから友達できないんじゃない?」

「ルーシーみたいに上辺だけのあったかさで友達作りたくないから。」

「まだ優等生気取り?やめなって。誰も褒めてくれないよ?」

「ふみえにあんたの悪行がばれんのも時間の問題じゃないの?」

「残念でした。うちさ、年々嘘上手くなってるもん。ふみえなんかほんと、うちの思い通りだから。洗脳してるから。」

「おめでたいですね。」

「何?祝ってくれてるの?ありがとう」


僕が言い返そうとした時、ふみえが教室に入ってきた。