さて、このシリーズもこれで最終回となります。
といっても、今回も例に漏れず、2回に分けて投稿することになるでしょう。
以前の投稿はこちら
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新人賞を取るためにⅠ
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新人賞を取るためにⅡ
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新人賞を取るためにⅢ
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新人賞を取るためにⅣ
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新人賞を取るためにⅤ
今回は、新人賞の応募にあたって、
やってはいけないこと です。
今回も、純文学について話していきます。
エンターテインメントにも通じるところもあるかと思いますので、
時間があればお付き合いください。
心理の説明・意味づけ
項目は、やってはいけないこと、なので、この場合、
説明・意味づけはしてはいけません、ということです。
心理の説明は、簡単にいうと、喜怒哀楽のことです。
これをストレートに書いてはいけません。
小説とはどんな場合でも描かれるのは人間であり、
それは言ってみれば心理のことです。
ストレートに心理を言ってしまうと、小説でやるべきことをやっていないということになり、
作文のようになってしまいます。応募作の大半が小説になっていないと
よく言われますが、こういうことなのでしょう。
安易に心理を表す言葉を使ってしまうと、リアリティがなくなってしまうのです。
リアリティというか、重み、質感みたいなものです。
それこそ描かなければならないものなのに、そんな言葉を使ってしまったことで、
小説が台無しになってしまいます。
説明せずに、描くことが小説ですべきことです。
例えば
「犬が死んで悲しい」
という文章は、まあ作文ですよね。
飼っていた犬が死ぬ、という事実は書いてもいいですが、
そのときに、悲しい、と書いてはいけません。
これでは色々なものが抜け落ちてしまいます。
なぜ悲しいのか、どれだけ悲しいのか、
それを前に書いていれば、「悲しい」と書く必要がなくなります。
「子供の頃から一緒に遊んでいた犬が死んだ」
とすれば、そりゃ大抵の人は悲しいものです。
犬をカメムシに換えたらどうなるでしょう。
「カメムシが死んで悲しい」
これだけ読んだら、は? と思いますよね。どういうことだと。
もし、しっかりと、なぜ悲しいか、どれだけ悲しいかを書いていれば、
「カメムシが死んだ」
といわれて、読者が涙をこらえるなんてこともあるかもしれません。
そうするのが書く者のすべきことですね。
小説を書きたい、特に純文学を書きたいと思うからには、
自分の中に切実なテーマが存在するはずです。
それは孤独だったり、絶望だったり、愛だったり、喜びだったりするでしょう。
そのようなテーマを直接言い表すような言葉を使ってはいけません。
テーマを表現するのが小説でやるべきことです。
でも、描写と説明って具体的にどう違うんだろう?
て、思いません? 私は思います。
どこまでが説明で、どこからが描写なのだろうと。
テーマを表現するためには、やはり説明は必要なわけです。
ある人の孤独を表現したい場合、
その人の過去に何があったのか、今置かれている状況はどのようなものか、
など、どうしても説明が必要になってきますし、むしろそういった説明は
どしどし入れていくべきなのです。
そういう説明は、テーマを深めます。書くか書かないかは別にして、
設定はしっかりと自分の頭の中に入れておくほうがいいでしょう。
ようするに、テーマを解説してはいけないのですが、
それに結びつくような情報はちゃんと盛り込んでおかないといけないということなのでしょう。
伏線ということではなく、何気ないエピソードとか、意味のなさそうな過去の話など、
そういうものが、テーマを掘り下げていく重要なピースとなります。
逆にエンターテインメントは、テーマを掘り下げる必要はないので、
心理の説明はしてもいいんじゃないでしょうかね。
悲しい、嬉しいといった言葉はなるべく使わないようにしましょう。
ちょっと話がそれますが、
他にもなるべく使わないほうがいい言葉として、
常套句があります。
常套句とは決まり文句です。
「異彩を放つ」「一笑に付す」「きびすを返す」「夜の帳が下りる」
など、よく聞くフレーズです。
絶対使ってはいけないということはないのですが、
気をつけて使わないと、せっかく作り上げた自分の文体の個性が損なわれてしまう場合があります。
出来る限り、自分の言葉を使って描写しましょう。
心理の説明をしてはいけない、というのは一番大切なことなので、
長めに書きました。
スムーズな会話
以前の回でも触れましたが、通常の会話というのは、100%通じ合うことはないはずです。
よく分からず頷いたり、聞き流したり、ということは良くあります。
あまりに出来すぎた会話は、作者の意図が透けて見えてしまい、
読者はしらけます。
これはエンターテインメントは違いますね。
会話で状況を説明させたり、話を進行させたりするのは、
エンターテインメントではよく使われます。
ですが、純文学ではやらないようにしましょう。
スムーズな会話にしないためには、登場人物の立場になって考えることが必要です。
こういう人間だったらこういう状況でこう言うだろうな、とそれぞれの立場になって考えると、
どうにも会話はかみ合ってこなくなるはずです。
自分に都合の悪いことは受け流すかもしれませんし、変な理屈をつけて突如怒り出すかもしれません。
そうなったら当然、相手は理解できないでしょうし、それなりに変な応答になってしまいます。
会話にリアリティがあると、その人物のリアリティも増します。
場面を削る
小説にはたくさんの場面がありますが、それらは一つ一つ大切な要素となります。
そういう場面を削らないようにしましょう。
小説に書ききれない場合もあるかと思いますが、
頭の中では思い描いておく必要があります。
しっかりと設定していれば、描写も細かくなり、ぶれません。
特に自分が苦手なシーン、例えば人を殺すシーン、あるいはベッドシーン、
他にも、思い出したくないようなシーンがあるかと思います。
イジメをテーマにした小説を書いていたとして、
やはりイジメのシーンははずせないでしょう。
仮に、それが実体験に基づいていたとしたら、ひょっとしたら筆が鈍るかもしれません。
でも、そういう場面こそ、しっかりと書きましょう。
人が目をそむけなくなるほど、しっかりと書くと、どれだけイジメが残酷か、
読者が理解し、その後の展開に大きく影響するでしょう。
どんなに苦手でも、しっかりと書くことが重要です。
というより、苦手なシーンほど、しっかりと書いたほうが良いです。
苦手なシーンとは、この場合よく知らないということではありません。
知っているけど、あまり好きではないとか、生々しくて書きたくないというようなシーンです。
そういうシーンはその小説のテーマと深く関わっていることがあります。
苦手だからといって外してしまうと、一向に小説が深まらないわけです。
案の定、文字数オーバーになりましたので、続きは次回の投稿にします。