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居る。
確実に居る。
この襖一枚隔てたそのむこうに、あの男が――居る。
憎い憎いあの男が、この襖のむこうに、その仲間達と供に座って居る。
襖のむこう側から、あの男とその仲間達の下卑た笑い声が聞こえる。何がそんなに可笑しいのだ。
思い出しているのか――? あの夜のことを――。思い出して嘲っているのか――? あの時何も出来ずに、ただ震えていた私のことを――。
男達の嘲う声がさらに大きくなる。胸がむかつく、吐き気がする。今すぐこの襖を蹴破って隣の座敷に踏み込み、あの男の頭蓋をその仲間共々叩き割ってやりたい。
否、焦ってはならない。今はじっと機を待つのだ。奴等は酒を飲んでいる。それが回りきるまで、今はじっと待つのだ。
嘲い声はさらに大きくなる。隣の騒ぎの振動が畳を伝って、私の足に響いてくる。
いったい何をしているのだ――? いったい何が可笑しいのだ――? あの男には、悔恨の念などまるで無いというのか? よもや忘れたわけではあるまい。あの夜、あの静かな月の夜、その手で私の妻を斬ったことを。
斬らねばならない。絶対に斬らねばならない。あの男だけは、絶対に私の手で斬らねばならないのだ。
汗が頬を伝って流れ落ちる。額の汗が襖にうつり、細かな染みをつくっている。柄にかけた手が震えて、かたかたと音がする。
落ち着け、今平静を失えば全てが水泡となる。今日こそ妻の仇を討つのだ。今日こそ奴を逃がしてはならない。今日こそは――。今日こそは――。
眩暈がする。気が遠くなる。嗚呼――、駄目だ――。これでは――今日も――。
中居の声で目が醒める。襖のむこうには、もう誰も居なくなっていた。