ショートショート・人間凍結
[2009/10/17 13:36]
女は、その男にあきてしまっていた。かといって、いままで多額の金銭的な面倒をみてもらっている。簡単に別れ話を持ち出すわけにはいかず、ずるずると、何カ月が過ぎていた。
ある日、あるアパートの一間。二人はテレビを観ていた。まだ大学生の若い女性と、五十代の男性。
テレビの番組は「人間凍結」というものであった。
「ねえ、このテレビ、本当なの。人間を凍結させておいて、後から生き返らせることなんて、本当にできるの?」
「できるんだろうね。まだ、そんな人はいないみたいだけれど、テレビの言うように、犬で実験して、成功したと言うんだから、可能性は充分にあるんじゃないかな」
「今、行われている会員制って何?」
「うん、死んだら、とりあえず、すぐに凍結してもらっておいて、将来、科学の進歩が著しく進んだ時に、行き返させてもらう、というシステムなんだ。相当な金額らしいけれど、実際に、世界に何人か、そうしてもらっている人がいるらしいよ」
「へえ、それじゃ、人間の寿命なんて、何歳かわからなくなつてしまうわね」
「いやそればかりじゃないんだ。たとえば、六十歳で死んだ親を一時凍結しておく。七十歳で死んだその子もまた凍結しておく。そうして、何十年後かに、同時に生き返らせるとすると、親より、子供の方が歳が上という現象がが生じる」
「あら、本当ね。何か、変ね」
「そうなんだ。人間の肉体に、絶対的な寿命といものがあるとすると、将来は、それを計算に入れて、生きたい時に生き、死にたい時に死ぬ、ということもできて、何万年の生命を生きているというのと同じことになるかも知れないね」
「そうすると、親とか、子とか、孫とか、そういうものは、どうなってしまうんでしょうね」
「だから、親子とか、血のつながりというような概念がなくなってしまって、いつの時点で、
どういう人の交合によってできたかだけが、記録として残るだけになってしまうんじゃないかな」
「そうよね。自分の孫の方が歳が上ということだってあり得るんですものね」
「そうなると、時間という概念も、基準を失ってしまうんだろうね。死んでいる人に時間はないんだからね」
「なるほど、そうね」
「それにさ、今だって、試験管ベィビィというのがあるだろう。あれが進歩して子供を自由に作れるようになると、親など、全く意味がなくなってしまう。家族などという概念は何ら意味を持たなくなってしまう」
「するとどうなるの?」
「つまり、人間は、結局、ひとりぼっちだっていうことになる。ひとつの物質にすぎない、ということになってしまう。いや、物質というよりも、時間という概念を操作できるだけ、奇妙な存在になってしまうだろうね」
「何だか、さみしい話ね」
「でも、科学の進歩は、そこまでいくかもしれない。すると、一体、人間存在の意味は、何なんだろうということが、新たな視点から問われることになるかも知れないね」
「へえ、頭が混乱しそうだけれど、とにかく、今、そんなことを気にしてもしかたないわね」
女は話題を変えるかのように言った。
「うん、今は、二人のことを考えてうまくやっていきたいね」
男は、女の白い胸にそっと手をのばした。
テレビを観ながら、そんな会話をして、数週間後に、アパートの押入れに、一台の大型冷凍庫が置かれた。
女はべつの男のとなりでつぶやいた。
「殺したんじゃないわ。一時、眠ってもらっただけなんだわ……」