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 雪の日に

 春近い日の雪の一粒は、真冬の五倍くらいは大きい。その分、水分を含んでいて重い。もちろん、外に出かけることはないが、かつては、こういうホームレスの小屋と言われるブルーのビニール・シートでつくられたものは、屋根にたまった雪を定期的に落とさなければならなかったから、案外、忙しいかった。昼間はいいが、雪が降る夜は一晩中眠れないこともあった。今は、橋の下にかたまってつくられているので、横から吹き付ける雪をよけるための、ビニールが必要なだけだ。
「お前さあ、この世の中で、何が正しいなんてことがあると思うか?」
 私のハウスに訪ねて来た仲間が、コンビニ弁当のエビ・フライをほうばりながら、顔はこちらを向いていない。
「先輩は、色々なことを考えているんだなあ」
 私が返答をした。
「考えているんじゃなくて、思いついたままに言っている」
 箸を止めた。
「そんなことは、ないだろうよ。唯一これが正しいということがあったら、それで人生おしまいということになるもんなあ」
「人を殺すのにも、正しい殺人と、正しくない殺人があるよなあ」
「えっ、物騒なもの言いだなあ」
 私が言った。
「いやいや、たとえば、の話だよ。例が悪かったな」
 先輩は、ちょっと、はにかむような表情を見せた。
「まあ、時代とか、環境の違いとか、そんなことで何かの基準が決められるんだろうから」
 私は、そう深く考えないで言った。
「昔、よくテレビを見ていた時代のことなんだけどさあ、織田信長とか豊臣秀吉とか徳川家康とか、それに武田信玄とか、それらの人物の個性を特徴させた番組をみながら、とても違和感があったんだ」
 先輩は、そもそも、人生を降りた人だから、ムキにならず話ができる。
「どんな違和感?」
 私も箸をとめた。
「やつらの共通項は、戦で大量に人殺しをしたヤカラだろう。作戦だかなんだか知らぬが、とにかく、罪のない人間を大量に殺した。それで運がよくて、うまく権力者の地位についただけの話だよなあ。それのどこが偉いのか分からない。まあ、それはいいとして、それをテレビが面白がって放映する鈍感さに、オレは納得できないんだ。当時は、自分の権力を脅かすものは、みな敵だったわけだ。それだけのことだし、大量に人殺しをしてきた人たちの話だろう?」
「ふうん、そう言われりゃ、已むに已まれず殺されて犠牲になっていく人たちの立場にたった番組を、みたことはないなあ」
「同じ人間だろ、その時の、すべての人間がさあ……」
「それで?」
 私が聞いた。
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「ほら、今、どっかの国で、自分の権力を脅かす人間を大量に殺した、という罪で、死刑に処せられた大統領がいるじゃないか、それも事実上、他国の権力者によってさ。あれって、昔なら処刑された者は、逆に大英雄だったわけだよなあ」
「なるほど、そりゃあ、そう言えるかもなあ」
 私はうなずいた。
「だけど、それが、時代のせいかどうか、昨夜、寝ながら考えてみたんだ」
「ほう、寝る前に、難しいことを考えるもんだな」
「それでなあ、結論だ」
 彼の語気が強くなった。
「どうなったんだ?」
「日本の戦国時代が、地球規模になったと考えてみると、地球をまるごと自分のものにしようとするものが現れても、不思議ではないかも知れない。もしかしたら、人類のそういう歴史は、未来永劫変わらないのではないか、と思ったんだ。人間の権力欲は、人類の宿命じゃないか、と思えてきたんだ」
 私は、なるほどなあ、と思った。ものごとは見る角度によって、正しい、正しくないが変わるのだろうと、改めて考えさせられた。彼は話を続けた。
「それでな、この世にいてもいなくても、どうでもいい人間っているのか?」
「うーん、理屈ではみな平等。だけど、実際にはたいがいの人間がどうでもいい側に入るような気がするなあ。もしかしたら、人類の九十パーセントくらいは、どうでもいい側の人間かもなあ」
 私も、やや真面目になって答えた。
「そうだろう、そうなんだ。テレビでやってる大河ドラマという番組なんて、そういう側の人間を、まったく考慮していない。そういう、とてつもない鈍感野郎がつくっているとしか思えない」
「そうだなあ。確かにな……」
 私も昔、自由にテレビを観ていた時代を思いおこしていた。
 ちょっとした沈黙の時間があった。しばらくして、
「おい、日本国の憲法改正をどう思う。集団自衛権の行使とかさ?」
 仲間は、そう言ったきり言葉を発せず、また弁当を食べ始めた。ここではそれは、あまりにも冗談すぎて、すぐに、その言葉は居場所を失っていった。
 何の答えも期待していないのだろう。だが、ここの仲間たちは、新聞はよく読む。何紙も読む。週刊誌もよく読む。スポーツに詳しいヤツ、政治に詳しいヤツ、もしかしたら世間の情報は、世間の人より詳しいくらいだ。何しろ、夕方には、拾ってきた新聞に目を通すのは、ある意味、習慣になってしまっているほどだ。
 しかし、誰もその中身の話はしない。全く口にしない。まるで、そういうことに触れることが、ここのオキテに反するかのように……。
 ここは、世界が違うと主張しているかのように……。
 雪は変わらず、重たく、降り続けていた。