1 / 3


気配


 ニューヨークについたのは、夕方だった。十名の仲間とガイドとあわせて十一名のツアーである。ホテルに荷物を置いて、すぐに食事に出かけた。マンハッタンの五番街のレストランに入った。さっそくビールということになった。
「全員ビア」
 だれとなく言った。
 ウエーターがすぐにビールを運んできた。
「あれ、ビールが十二あるよ」
 とだれかが言った。たしかに一つ多かったが、別にじゃまになるものでなし、気にもとめなかった。
 はじめてのニューヨークで、みんなはしゃいでいた。同じ大学の親しかった者が、それぞれ就職して五年がたっていた。卒業するときに、卒業して五年くらいたったら、同窓会を外国でやろう、ということになり、今回のニューヨーク・ツアーとなった。
 翌日は、自由の女神を見にいくことになっていた。朝早くから、ホテルのロビーに集合して、小さなバスに乗り込んだ。
「皆さん、おそろいですか」
 ガイドが言った。
「だいたいそろってます」
 と誰かが言って、笑いが出た。ガイドだけは、
「だいたいじゃ、困るんです。ちょうど十人いてくれなくては」
 と言いながら、人数を数えはじめた。
 一度数えて、あれっ、というような顔をして、また人数を数えた。そして、また、あれっ、というような顔をした。
「へんですね、私を除いて、十一人います。だれか、顔の知らない人が乗っていないかどうか、まわりを確認してください」
 ガイドが言った。みんな、そんなバカなという顔をして、まわりを確認しだしたが、知らない顔などはいなかった。だれもが、人数のことなど気にもとめていなかった。
「そうですか、まあいいや。多い分には問題ないだろう」
 と、ガイドも気楽になって、そのまま、出発することとなった。
 自由の女神は、マンハッタンの最南端サウス・バッテリー・パークからリバティ島という小さな島まで、フェリーで渡らなければならない。ガイドが六ドルの往復乗船券を買ってみんなに手わたしていた。そして、最後になった時、
「あれっ、おれの分は……、おれ、まだもらってないよ」
 と仲間の一人が言った。
「えっ、そうですか。じゃあ混んでいて、違う人に渡してしまったのかもしれない」
 と言って、ガイドは、もう一人分を買いに行った。
 アメリカと言えばニューヨーク。ニューヨークと言えば、まずは、自由の女神ということになる。大の大人が、子供のようにはしゃぎながら、自由の女神の前にそろって、写真を何枚も写した。そして、集合時間になり乗船場までいって、ガイドが人数を数えると、また、一名多いのだ。
2 / 3



 さすがの、のんびり屋のガイドも青い顔になった。しかし、こんなに混んでいるところで、あれやこれやしても大変だということで、とにかく帰りのバスに乗ることにした。バスのなかで、ガイドは名簿を取り出し、名前を呼んで一人一人確認した。しかしそれでは、全員いるのだから、一名多い分の確認は出来ない。しかたなく、それぞれが、一、二、三、と順番に番号を言っていくことにした。すると、やはり十一まで番号が言われるのである。
 だが、だれが余分な人員なのかがわからない。そこで今度は、名前を呼ばれたら、バスから降りてもらうことにした。これなら、残った一名が余分な一名になるから、はっきりとわかる。
 ガイドが名前を呼び始めた。そして呼ばれたものから、一名一名バスの外へと出ていった。何名か呼ばれたその時、外のほうから、大変だ。仲間が車にはねられた。という声がした。びっくりして外に出ると、仲間が血まみれになって倒れていた。人数の確認どころでなくなった。すぐに救急車で病院へ運んだ。とりあえず、ガイドが付き添って、他のものはホテルに帰った。夜おそくガイドは帰ってきた。命はとりとめたというので、その晩は寝ることにした。
 翌朝、ロビーにみんな集合した。ガイドは
「みなさん、おそろいですか」
 と言って、はっとしたように、名簿をとりだし、
「名前と人数を確認します」
 と言って、確認を始めた。名前は全員一致。人数も十人。ちょうどそろっているのであった。では、昨晩、交通事故があった人は、「誰?」
 ガイドは、また顔を青ざめた。その人の名前は「山田」と言ったはずだった。その山田という人は、今、ここにいるのだ。それじゃ、病院の人は、誰? ガイドは急いで病院へ電話をしてみた。
「昨日そちらに入院した人は、山田さんという人ですよね」
「たしかに、山田さんです」
 ガイドは何が何だかわからなくなった。
「しかし、残念ながら山田さんは、先ほど亡くなりました。そして、不思議なことに、突然遺体がなくなってしまって、今、大騒ぎしているところなんです」
 電話の相手は興奮気味に話した。
 ガイドは顔面蒼白のまま、みんなのところへもどって、その話をした。山田という人はそこにちゃんといるのだった。そして、一人の仲間が言った。
「事故にあったのは、山田じゃなかったよな。たしか、川田じゃなかったか」
「そうだよ、川田だったよ」
 みんなが口をそろえて言った。そしてだれもが気がついた。川田は今回のツアーには参加していなかった。五年後のツアーを言い出したのは川田だったのだが、川田は昨年、北海道で交通事故にあい、死んでしまったはずなのだ。
 もう、だれもが何も言わなかった。川田の執念というか、霊というか、そういうものが人間には想像もできない、超現象を起こしたに違いないと思うしか仕方がなかった。
 とにかく、ツアーの人数はキッチリそろっているのだから、これでいいのだということでツアーは続けたのだが、帰りの日になって、山田だけが、書類の不備で飛行機に乗れないというハプニングが起きた。ガイドは恐縮しきりだった。山田は翌日の飛行機で帰ることになった。
3 / 3



 ところが、みんなが乗った飛行機が墜落してしまったのだ。
 ガイドもツアーメンバーも全員死亡した。しかも、メンバーはちゃんとガイドを入れて十一名いるのだった。山田という名前もちゃんとリストに記載されていた。
 山田が翌日の飛行機で家にたどりついた時、玄関を開けると、妻が出てきたので、
「今帰ったよ、心配したろう」
 と言うと、妻は、
「今、主人が飛行機事故でなくなって、取り込み中なので、また後でおいで下さい」
 と言うのだ。山田はびっくりした。そして何がなんだかわからなかったので、しばらく様子をみようと、あの手この手をつかって家族に接近してみるのだが、どうも、自分の姿は山田ではないらしく、誰もが気がつかないのだ。
 山田は急いでカガミを覗いてみた。すると確かにそこに人の気配はするのに、何も写らないのだ。確かに、気配だけは、ハッキリわかるのだが……。
 ニューヨークで交通事故に遭ったのが、山田だったのか、川田の霊だったのか、結局不明のまま全ての事件は終った。
 私の部屋を昔死んだはずの友人が、時々尋ねてくることがある。もちろんドアを開けると誰もいない。しかし確かに気配だけは感じて、怖くなることがある。これは一体何なのだろうか?