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托卵する女
富士山麓にあるこの会社の敷地の奥の森からカッコウの鳴く声が聞こえる。仕事を中断した昼休みに、自然の声を聞く贅沢を許される人間は、日本でも、そうざらにはいないだろう。
そのカッコウだが、生んだ卵を育てることをしない、モズ、ホオジロなどの巣に産卵し、哺育までその鳥に任せて、自分は全く何もしないのである。そんな鳥の習性を「托卵」というのだそうである。おどろくことに、その巣の中の、本家の鳥の卵より、カッコウの卵は、一日だけ早く孵り、別の卵をみんなの巣の外に落としてしまうのである。別の卵を落としやすいようにカッコウの雛の背中は平らになっている、と聞いて、私は、自然「掟」の恐ろしさを感じないではいられない。
こんな話をしたのは、三年前に別れた、まるでカッコウのような女を、ふと、思い出したからなのである。 私がその、ヨウ子と付き合うようになったのは、単身赴任をしてからである。単身赴任というのは、さびしいことばかりではない。家に帰る時刻を気にする必要はないし、時には、外泊しても、誰にも気兼ねをすることがないので、気楽な面も多い。
ともかく、そんなわけで、偶然にも、もともとの実家の近くの街のクラブで知り合ったヨウ子と、何となく、自由に、付き合えることとなったのである。
「今週は仕事が忙しいので帰れない」
と妻に連絡をして、実家のそばまで来て、途中下車し、ヨウ子のアパートに泊まったことも、何度かある。なぜか、小さな風呂も、小さいなりに情緒があるような気がしてしまう。小さなテーブルのビールもオツな味がする。そして何といっても、そんな雰囲気のなかのヨウ子の味は、また格別なのである。何ヶ月かそんな日が続いた。
そんなある日、ヨウ子が、ポツリと言った。
「ねえ、わたし、できちゃったの。今日病院で診てもらったら、五ヶ月だって」
道ならぬ恋をする「男」にとって、「できちゃった」という言葉ほど、心臓に悪い言葉はない。その時だけは、大の男も、大あわてするのである。
私は、「生め」というほど大物ではない。かと言って、「堕ろせ」と簡単に言えば、ヨウ子にどんな反感を買うかわからない。慎重にこちらの思惑どおりにいくように言葉を選びながら、事を運ばなければならなかった。
だが、五ヶ月じゃ、もう肉体に危険なので堕ろすことも、難しいらしい。
ヨウ子は、ほとんど、顔色も変えず、「わたし、生むわ」と言うのである。私はその言葉を聞いて、体から血の気が失せていくような感覚に襲われ、茫然としてしまった。ここまで来ると、最悪だ。妻にバレないわけはないし、長年築いてきた、それなりの人生の全てが崩壊してしまう。しかしこんな時何と言えばいいのかわからない。私はただヨウ子の様子を窺いながら、煙草を吸っているしかなかった。
ヨウ子は、なお、平然として言葉を続けた。
「とにかく、わたしに、まかせて。ただ、お金がかかるから、五百万円ばかり都合して欲しいわ。いいでしょ。貴方には、それ以上迷惑はかけないわ」
私はなにをどうするかは、わからなかったが、こんな場合の五百万円は仕方ないと思って、数日後に用意した。
そして、