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喋らない子供(砂糖と塩のショートショートより)
彼ら二人は結婚をして以来、なかなか、子供のできる徴候はなかった。医者に調べてもらっても原因はわからなかった。妻の精神的な要因もあり得る、というので転地療養的なこともしてみた。しかし依然効果はなかった。
そのうち夫が外に女をつくってしまった。夫婦の関係は急に冷えてしまった。それは子供ができないせいだと思った。しかも子供のできない原因が自分の側にあるような気がして妻は悩んでいた。妻は以前にも増して、神頼みするようになった。何がなんでも子供が欲しかった。
彼は自身が浮気をしていても罪の意識はなかった。そして妻も浮気でもしてくれればいいとさえ思った。それでお互い、責任は五分五分なんだけどなあなどと思ったりもした。
しばらくすると、突然、子供ができた。妻はおおいに喜んだ。彼も現金なもので今までの自分の行動などすっかり忘れて妻に優しくなった。妻はとにかく結婚して以来一番の幸福を味わっていた。
子供は男の子であった。見たところ普通の子供であるのだが、生まれた時から妙に大人びた顔をしていた。
そして、一見、他の子供とかわりなく成長していくように見えたのだが、かなりおおきくなっても、なぜか言葉を喋らないのだった。多少の遅れはよくあることだと医者に言われたのだが、それにしても、いつまでも喋る気配はなかった。本質的な言語発生能力がないのではないらしい。何かを言おうという意思がまったくないかのように、いつも無表情なのである。笑うでもなく怒るでもなく、泣くのでもない。ただ無表情に呼吸をしているだけなのである。顔がにくたらしいということもない。どちらかというと、色白でかわいい美男子タイプといってもいいような顔形をしているのである。
知能が遅れているというのでもない。食事も普通にとるし、他の同じくらいの友達とも普通に遊ぶ。何も言葉を喋らなくても、子供たちは楽しそうに遊んでいるのである。
夫婦は心配になって、更にいろいろな病院を訪ねたが、原因はわからなかった。夫の会社の同僚がよく遊びに来るのだが、話かけても、笑うでもなく怒るでもなくという表情をしたままで、何も喋ろうとはしなかった。あまりかわいくないね、と同僚は言った。
夫婦は子供が何か喋ればいい、と毎日思い続けていた。
そんなある日、「おじいさん」と、一言、喋ったのだった。
二人はびっくりした。なぜ突然喋りはじめたのかわからなかったが、とにかく、一言でも言葉を言ったということでお祝い気分だった。二人は、その夜、ひさしぶりに、あたたかい肌のぬくもりを感じあっていた。
そのとき、電話がなった。実家からだった。「おじいさん」が亡くなったという知らせだった。しかも竹藪で転んで、竹の切り口で喉をついて死んだということであった。竹は、喉を見事と思うほどにつきぬけていたという話しだった。
子供が、「おじいさん」と言ったとたんに、おじいさんが事故死したということが、気持ち悪かった。二人は偶然だよ、となぐさめあった。
それ以降、子供はまた何も喋らなくなってしまった。ある日、二人は、あれは何だったんだろうと子供を見つめていると、子供が、ニコリとかわいい顔をして笑って、「ママ」と言うのだった。