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 いつも行く日帰り温泉の大広間。アチコチで食事をする人たちの顔がさわやかだ。
 アルカリ性単純泉。pHは9.9、内風呂も露天風呂も源泉掛け流し。シャワーも蛇口からも源泉が噴出す。もちろん、どこからのでも飲用できる。微量の硫化水素臭が温泉気分を増幅させる。考えてみると、掘削した源泉が、湯船に、人の入浴するのに最適な温度で蓄えられること自体が、ある種、奇跡的だと思える。加熱しない、水で薄めない。貯め湯しない。そのままで、源泉の豊かさを湯船で味わえるということは、案外難しいように思える。しかも湯船で湯の流れを感じるほどの湯量は衛生的でもある。
 源泉は空気に触れて酸化して大幅に温泉効果が減じてしまう。温泉用語では、酸化していくことを「老化する」と言う。そう言えば、人の老化は、アチコチに酸化現象が起きることをいう。色々な病気や炎症も、活性酸素が関与しているという。とくに、老人は身体が酸化状態にあるらしい。
 老人が温泉を好むのにも、人の身体的な理由があるのかも知れない。
 おおぜいの人たちの談笑の一番奥に、それこそ、老人であることがすぐに分かるグループが一組いた。何らかの老人会であろう。テーブルに向かいあわせで3人ずつ6名。横に長老格のような人物が一人。老人のわりには、老人だからこそなのか、とても、声が大きい。
 私は、その大声を、子守り歌でもあるかのように、うとうとと眠っていた。眠っていても、彼らのしゃべる声は耳に届いていた。
「今の若い者はひ弱い。ワシらが戦争時代には……」
 言葉からみて、八十歳はゆうに超えているだろう。
「今は、もう巨峰は割りに合わないデラしかない。今年は割れてしまってダメだった」
 山梨だから、葡萄の話題が中心となって不思議ではない。葡萄が割れるというのは、雨が多すぎて、葡萄が水分を吸収し過ぎ、粒の皮が割れてしまうことだ。
「柿はなかなか難しいけど、五月に丁寧に消毒しておくと、生りがいいんだ」
「お前んとこは、毎年、うまくいっているなあ」
「手入れは、実が生るのに正直ということだろうよ」
 まだまだ、みんな果物生産の現役者なのだろう。六十歳前後などハナタレ小僧に違いない。サラリーマンである私には、定年という壁が立っている。本気で働けば、人に一律の定年という制度は、なんか違和感を感じてしまう。
 私は、そんなことを、ぼんやり感じながら眠気は深くなっていった。
 ふと、そちらを見てみると、長老らしく見えたのは、私の父ではないか。その場にいるには少し似合わない。畑など一つも持たない、元役場勤務をしていた男だ。土と関係するものがあるとすれば、菊作りが唯一の趣味だけだ。毎日、毎日、菊の手入れをする。冬には、肥料の準備などするから、いつも忙しいんだと、よく言っている。
 父は、喋らない。他の人も父には声をかけない。無視しているというより、議論をしても意味がないようかの雰囲気が漂う。父は農業など何も知らないはずなのに、議論には、めっぽう強い。それが役場者の仕事だと割り切っていた。
 彼らから病気の話が出てこない。
 私たちくらいの年齢の者が集まると、まず人間ドックの話題から始まるのに、だ。彼らは、そんなことは関係ないかのように農作物とともに毎年を過ごしているのだろうか。
 私が彼らの年齢まで届くのには、まだ、二、三十年を要する。そんな年月を何事もなく生きることは奇跡に近いと思い始めたのは最近のことだ。
 大昔の人は自然とともに生命を紡いだのだろう。
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今は科学の進歩で、寿命は確実に伸びたに違いない。それでも、医者知らずで長生きする人も多い。人の生き方で、何が素晴らしいことかと言われれば、身体元気で、生涯現役で生きていくことではないか?
 ますます、ぼんやりとしている頭で、そんなことを考える。
「老人とは人類の奇跡です」
 と言う声が聞こえた。
 その声とともに、私は眼を覚ました。柱時計を見ると、もう一時間半ほども眠ったようだ。温泉による心地よい疲れが、よく眠らせてくれたのだろう。
「来年もこの奇跡を実現しましょう」
 幹事らしき人が言った。それぞれが、無言で真剣に眼を交わしていた。
 よく見ると、そこには、老人は六人しかいなかった。父はいない。それはそのはずだ。父はもう十年も前に亡くなっているのだ。眠った頭の中で勘違いをしたのか、夢でもみていたのか、父が、登場してきたのは、愉快であった。父も、八十歳をはるかに超えて亡くなった。明治の生まれで、人間ドックなどという言葉とは無縁に生きた。酒飲みで家族から嫌われていたが、長生きしたというだけで、今や、すごい人だったと思わされる。
 老人会も終わり、それぞれが帰路についた。
 温泉の女将らがテーブルの後片付けに来た。
「いいですねえ、元気な老人会でねえ……」
 と私が声をかけた。
「ああ、地元の町内会の人らで、毎年、忘年会をやってもらっているんですよねえ」
 女将は、さりげなく言った。
「そうですかあ。老人の見本みたいな人たちですねえ」
 私は、もう一度、風呂場へ向かう途中で、ほんのりと声をかけた。
「でも、毎年、人数が減っていくんですよねえ。来年は何人分の料理をつくるのかを考えると、ちょっとさみしい感じもしますねえ」
 と女将は、後片付けに気を紛らわしているかのように、私と視線を合わさずに言った。