早野梓と樹海と

富士北麓に住んで30年が経ちました。その間、青木ヶ原樹海、富士五湖を中心に小説の舞台にしたり、四季折々の自然を楽しんできました。
これからも、さらに仲間たちと、それらの思い出づくりを積み重ねていこうと思っています。
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極上の一日![2011/04/09 20:32]

どんな日が楽しい一日だったか、などというのは、その人それぞれだと思う。
私の最近の極上の一日は、「そば丸で本物のそばを食べて、はやぶさ温泉につかって、骨盤調整のマッサージをする」という一日だ。それは、かなり簡単に手に入る、楽しい一日だ。
「そば丸」というのは山梨の塩山の近くの、こだわりのそば屋だ。そばは勿論、建物、庭にも、とてつもない、こだわりを発揮している。この枯れ木は何だ? これは冬に枯葉となっても葉を落とさない、ヤマコウバシという木だ。落ちないということから、縁起物の木ともなっている。これだけ見事なヤマコウバシは初めて見た。敷石などもこだわっているが、建物のこだわりは、もう芸術的だ。行って見るしかない。
はやぶさ温泉は、夜9時までやっている、日帰り温泉だ。源泉掛け流しは当然なのだが、その量は半端ではない。そして浴槽における、酸化還元電位が、-50ミリボルトと、そうめ



この木何の木?[2011/04/01 13:20]
                                      樹木には常緑樹と、落葉樹がある。この木は、カシワという木で、落葉樹のはずである。葉は昨年枯葉状態になったが、4月1日現在で、このように葉を落とさないでいる。樹木の進化では、落葉樹は本来常緑樹であったのが、進化して落葉樹になったと考えられている。その進化の過程で、葉をすっきりと切り離すまでに至らなかった木が、冬でも葉をつけていると言われている。カシワの木は、東京では、あまり見られないかも知れない。山梨・山中湖あたりでは、ブナとミズナラとともに、普通によく見られる。当然、落葉樹である。しかし、このように葉を枝にしがみつかせている木も残っているの



原発から、何キロ?[2011/03/31 08:31]
  25年前に起きたチェルノブイリ原発事故は、30キロ圏内居住禁止で現在に至っている。
 今回の福島原発事故とは、状況が違うかも知れないが、チェルノブイリ事故はレベル7と最悪の事故と評価されている。福島の事故は、その対処がうまくいき、住民が事前と同じ暮らしを取り戻せることを願うばかりだ。ただし、冷却がうまくいったとしても何年も時間がかかるという話だ。
 もしチェルノブイリ並みの事故と想定したとしても、30キロ圏外では、現在と同じように生活は維持できるだろうと、考えてもいいのではないか?  原子力のことは、難しくて分からない。でも、自分のこれからのことを考えて、おおよそ、どんな影響を受けるかは考えておきたい。
 福島原発から東京駅までは、直線距離で、224キロメートルある。30キロ圏外だ。80キロ圏外でもある。そして200キロ圏外でもある。テレビで放射線の話題ばかりでてくると、なんだか、自分が、それに巻き込まれていくような錯覚に陥る。だが、東京などでは、事故からの距離を考えてみれば、おおよそ、一生、健康被害とは関係なさそうな位



富士山スバルラインに亀裂![2011/03/30 21:24]
3月15日の静岡東部地震・震度6強・震源の深さ・14キロで富士山が、揺れた。
富士山五合目まで車で行けるスバルラインに亀裂が入り通行止め。
あのでかい富士山に亀裂がはいるほどの揺れがあった。
富士山の直下には大量のマグマがある。とりあえず、冷静に観察を続けていくしかない。
宝永の噴火のときは、49日前に、巨大な東海地震が起きた。今は、何と何が、どう関係しているのか分からないが、今、日本列島は、地震と火山の、きわめて強い活動期に入ったことは間



新しい書斎にて、[2011/03/29 00:02]
 新しい机と新しい椅子、新しいノートパソコンを、初めて使って、これを書いている。まだ書棚の整理をしていないので、ちょっと中途半端だが、それは、おいおい整理していくとしても、とにかく、せっかくの新しい書斎でもあるので、どんどん原稿を書いていかなければと思う。
 気持ちとしては、前向きに考えれば、『求めなければ、授からない。求めても、授からないかも知れないが、それでも、求めなければ、授からない』という気持ちを維持して、求め続けていこうと思う。
 よくよく考えてみると、他人さまがどうのこうのという比較ではなく、『私に、書くことに優る得意なことがあるのか?』と思うのだ。特段、文章が他人さまより優れているというのではなく、私自身として、これ以上得意なものなど何もないではないか、と考えた時、とにかく、書くことの道を選ぶことになんら後悔はないように思える。
 身の程を知る。求めることをあきらめない。それをわが道とする。
 そう考えて、なんら矛盾はしないだろう。もしかしたら、どんなに下手くそであろうと、無教養でしかないとしても、『求めていくことだ




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