東京で生まれて、東京で育った。大学も東京。就職先も東京。オイラ江戸っ子だいという自慢ではありません。
沖縄に行った友人が、沖縄で働き、沖縄に住み、沖縄の人と結婚した。彼は、沖縄のことを自慢もしないし、卑下もしない。沖縄には、海があり、森があり、土がある、と、よく言う。「沖縄はいいか?」と聞くと、「さあ…」と言う。「東京に戻りたくないか?」と聞くと、「それは有り得ない」と言う。有り得ないというのだから、きっと気に入っているに違いないと思うのだが、強くそれを強調はしない。私も沖縄には何度か行ったことはあるが、何もかもがキレイだったが、なんか東京から、こんなにも遠い位置にいたくないなあ、観光ならいいけれど、と思っただけだった。
つい最近、彼が東京に現れた。実家に一時帰って来ただけの話なのだが。彼が独り言のように東京の感想のようなことを言った。
「東京も、一段と、砂漠化しているなあ」と言ったのだ。その一言の後に、すぐに話題が変わったので、彼の言わんとしていることは分からなかった。彼は、沖縄に戻った。その後、彼の言った言葉の意味を考えてみた。そして、なんとなく、分かったような気がするのだが、東京は一段と、コンクリート砂漠になっている、と言いたかったような気がする。私なんかが気がつかないほど、東京は、どこもかしこも、コンクリートだらけだ。それに完璧に慣れきってしまって、何の違和感も感じない。むしろ、この冷たい、あるいは熱い、コンクリートが心地よく思えているようにさえ思う。便利さが、すべてに優先して、それで当然だと思っている。そして、もはや、私などは、東京以外に住みたいとは思わなくなってきてしまっている。
彼が、かつて言ったことがあった。「地方を、過疎化、過疎化というけれど、過疎化はいい。一番こわいのは、地方の東京化だ」と言っていたのを思い出した。彼は自分なりの感性のまま、素直に、自然豊かな沖縄に住んだのだ。そして、彼は、沖縄の東京化を最大限きらっているのだ。だが、沖縄がいいとは言わない。それは、自分が東京から沖縄に行った、いわば、沖縄の人にとってはよそ者だと自身で気がついているからなのだろう。どうにも割り切れない話だ。
ぼんやりと、新宿のアパートで一人考えることがある。自分が、この東京砂漠から、抜け出したいという気持ちに、襲われることがあるか。
窓の外は、一日中、車の音の途絶えることはない。