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母親の部屋は
床の間の隣に仏壇があって
黒い箪笥があって
とても不似合いな電動式ベッドが
真ん中あたりに置かれている
 
そばにはポータブル・トイレ
膝の骨粗鬆症がひどく
人がかつぐようにして移さなければ
そのトイレにも座れない
 
部屋の何もかもが、不調和のように思える
でも、それが事実上の母親の歴史が詰まった部屋
年は数えでしか言えない、大正五年の生まれ
母にちょうど三〇年遅れて
私は時間を過ごす
 
ある、早春の日
私は、多摩森林科学園の桜を見に行った
ここの多くの桜の見頃は四月中旬
それでも、二五〇種類、一七〇〇本の桜があるから
満開の桜が数本はある
桜以外の樹木の冬芽が眼に映る
地味にだが
これからだぞと生の主張しているかのよう
実験林の圧倒的な生命力が
私に疲労感をもたらす
 
この花を咲かすには時間がかかる木々たちは
どこに向かって生きる?
人間に何を試そうとしているのか?
 
その夜
隣りの部屋に寝ていて、起こされる
母の部屋では
ポータブル・トイレに、母がどっかと腰をおとし、
横には妻がいる
母親は、こちらを見つめ、話しかけてくる
隣りの部屋には、「せがれ」がいます、と
 
刻一刻と何かが失われていく
初めての経験
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子を見失った母に私はたじろぐ
 
母親の強い声が、お前も同じ時間軌道に乗っているのだぞ
と言っているかのように思える
 
あなたは誰?
私は誰?
六〇年間一緒にくらした時間には、どんな意味があったか?
 
必死に獲得してきた記憶という思い出を
一つ一つ、服を脱ぎ捨てるかのように
あちこちに置き去りにしていく母親
 
そういえば、昨夜、母は
押入れの中を整理したいと言った
頭の中も、押入れの中も、みんな、ぐちゃぐちゃだから、と
 
私は眠れない疲労した頭で考えた
明日から、自分の、持ち物の整理を始めよう、と
だが、考えれば考えるほど、
残しておくべきものは、何もない
ただ私に与えられた地球の自転回数を、
生きていくだけ
 
地球は、あと何回転するのか
私のいない地球に意味があるのか
時間って?
見えない不思議に
ますます眠れない夜はふけていく