1 / 5



 治安が悪く、反乱や喧騒などは当たり前。それほどまでに荒れていた国――――ラグナッド小国。
 ラグナッド小国はかつて、手に負えないほど荒れていた。しかし、ある時ラグナッド小国は劇的に変化を遂げる。
 そのきっかけとなったのは、初代頭領が亡くなり、新しい頭領を決めた選挙でのことだ。 
 投票で選ばれた頭領が言った言葉は、彼らの心に深く刻み込まれた。
「私は頭領に選ばれたが、頭領ではない。この国は私のものではないからだ。ラグナッド小国は、みなさんのものであり、そこにはもちろん私も含まれる。わかりにくいかな。つまりは、私たちの国なのだ。ラグナッド小国は、私たちの国なのだから、私たちが協力し合って作り上げるべきだとは思わないか?
私はあなたがたと共に作り上げていきたいと思っている」
 短い演説の後、新しき頭領は耳が割れんばかりの拍手と歓声を浴びた。それからのラグナッド小国は、最も平和で治安の良い国と言われるまでに成長した。
 しかし、ある時そんなラグナッド小国に思わぬ亀裂が入ることとなる。
 今まで、一生懸命国が少しでもよくなるように頑張って来た彼らは、ある時気付いた。彼らは朝から夜まで国を良くする為に、建物を建てたり、良くする為の対策を立てていた。しかしある日、頭領は言った。
「他国との交流をしてみようか」
と。
そうすれば、もっと国は良くなるに違いないと。そうして彼らは他国を訪れた。そして思ったのだ。何て自由なのだろう。何て楽しそうに毎日を過ごしているのだろう。
 頑張れば、いずれ思いっきり遊べる時が来ると頭領は言った。
 でも、それは一体いつになるというのだろう。大体、他国は私たちのように国のために働いていない。好きなことをやっているのだ。そして彼らは思った。
 ――何故、私たちはこんなことをやらされているのだ? と。
 人間には生まれたころから自由の権利がある。他の国は、自分たちがやりたいことをやっているではないか。夢に向かって学校へ行ったりしているではないか。
 それなのに、何故私たちは国のためにこんなにも頑張らなくてはいけないのか。もっと自由に遊んだっていいじゃないか。夢に向かって突っ走ってもいいじゃないか。
 何故、私たちはこんなことをやらされているのだ? これは私たちの役目ではない。全ては頭領の仕事ではないか。何故私たちが。何故!
 自分たちに面倒事を押し付けた張本人。それは誰だったか。
 頭領。そう。頭領だ。
 頭領はどこだ。アイツはどこで何をやっているんだ。頭領を出せ! 頭領を出せ! 出てこい!!
 彼らは怒り狂った。そんな彼らから、頭領は必死に逃げて、彼らの怒りが収まるのをひたすら待ち続けた。
最も、彼らの怒りはわがままとしかいいようがないものだったのだが。自由を欲求するあまり、誘惑に負けてしまった。怠けるという魔にやられたのだ。
 あれから1年が経過した。人々は、頭領は逃げただの死んだだの言っていろいろ罵倒していたが、
2 / 5


それも一時のこと。時代は流れているという風に、頭領の存在は、瞬く間に彼らの頭から消滅した。
 それから彼らは新しい頭領を作ろうとしたが、結局選挙は行われなかった。彼らは変わってしまったのだ。
 『怠け者』という人間に。
 頭領なんかいらない。国を治めることもしない。ただ、毎日を適当に過ごす。好きなことをして生きられたらそれでいい。
 彼らはそう思って選挙を取りやめにしたのだ。そして現在、彼らはのんびりまったりと、何もすることなく生きている。
 そんな彼らを、遠い目で傍観している人物がいた。今となっては忘れられた人となっている、前頭領だ。
以前は黒かった髪も白くなり、髭をはやしている。真っ直ぐだった背筋は折れ曲がっている。杖をついている。すっかり老人になってしまっていた。
「そこのご老人。旅をして各国をまわっている者、なのだが」
 一人の男が、前頭領に話しかけた。
 藍色の髪はしばらく切っていなかったのか、肩まで伸びている。そして、男の黒い瞳は睨んでいるように見えた。目つきが悪い男であった。
 前大統領は、そんな男を見上げてびくついた。そして男を凝視。
「あ、すまない。驚かせたか?」
「いや、久しぶりに人間と話したのでね。旅人さんかい?」
「そうだ」
 男は頷く。しかし、前頭領は首を横に振りながら言う。
「ここには何もないぞ」
「そのようだ。見てまわったが、店が開いてないし、宿もなさそうだ」
「宿をお探しか。ならうちに来るといい。大したものはないがね」
「いいのか?」
 老人は笑顔を見せた。
「久しぶりに人間と話せて嬉しいからな」
 しかし男は、無表情で頷いた。
「かたじけない。よろしく頼む」





「この国は異質だ」
 男はパンをかじりながら、無表情のままそう言った。
「人間はいる。だが、いるだけだ。彼らは自分たちの国をどう思っているのだろう」
 そう言われて、前頭領は苦笑せざるを得なかった。まさにその通りだったから。前頭領は、この国の事情を話す必要はないと感じた。彼らを見れば一目瞭然だろうから。
 彼らは国を捨てた。自分を愛し、他人を愛さない、神に反する人間。
 前頭領は、
3 / 5


青年を見つめながら口を開く。
「何も考えていないさ。彼らは自分がしたいことをするだけ。自分のことばかり。そんな彼らを改めようともしない私も、相当自分が好きなのだろうな」
 自嘲するように笑ってそう言うと、
「彼らを変えたいのか?」
 無表情で、男が前頭領に聞いた。前頭領は、それには答えず静かに立ち上がった。
「皿、片付けるよ」
「いや、私がやろう。体に悪い」
 腰を浮かした男に、前頭領は意外そうに眉毛を上げた。男はそんな前頭領を目にして、眉間にしわを寄せた。
「なんだ」
「いえ。まさか心配をしてれるとは思わなかったもんで。旅人さん、しかめっ面だし亭主関白みたいなところがあるのかと」
「失礼な。心配くらいする。顔は、癖だ」
「癖?」
「昔、いろいろとあってな。それからずっとこんな顔だ。友人にもよく笑えと言われるが、私には無理な話だよ」
 前頭領は頷いて、
「そうかい……」
 とだけ言った。しかし立ち上がる顔を見て、前頭領は手で制す。
「いいから。私に任せて」
「だが」
「今まで一人でやってきたんだ。私にとってあんたは客人。客人に手伝わせるわけにはいかんだろう。気持ちだけありがたくもらっておくさ」
 前頭領にそう言われて、男は渋々椅子に座った。前頭領は台所へ行く。前頭領が戻ってくると、男が言った。
「滅びるな、この国は」
「どうかな」
 前大統領の言葉に、男が目を細めた。
「どういう意味だ?」
「さぁてね」
 それきり前頭領は口を閉ざし、男も何も言わなかった。前頭領の目は何か決意のこもった目付きをしていたからだ。
 翌日、男は旅を再開し、前頭領はいつもの日常に戻った。






 時は流れて数年後。男がラグナッド小国を訪れると、国は見違えるように変貌していた。閉まっていた店が開き、
4 / 5


歩く人々は笑顔で包まれている。
 男が驚いてその様子を見つめていると、
「あっ、旅人さん! 我がラグナッド小国へようこそ!」
 パトロールのような服装をした青年が話しかけてきた。
「え、あぁ」
「あれ、どうかされました?」
「いや、数十年前に訪れた時は、こう、がらりと変わったというか」
「救世主が現れたんですよ!」
「はい?」
 突然興奮したように言う青年に、男は思わずまぬけな声を出した。
「おじいさんが、国を救ったんです。だらーってしていた国のみんなを、おじいさんが急に出てきて。国のみんなを説得したんですよー」
「それで、納得したのか?」
「いや、始めは出来なくて、反感を買って殺されちゃったんですけど。その直後に、他国の偉い人たちがやってきて、協力しようって言ってきたんですよ」
 男の頭の中に、はてなマークが出現した。
「何でだ?」
「なんでも、おじいさんが国の事情を話していたらしくて、国を助けてやってくれって言ったそうなんですよ。そして、理解してくれてやってきたみたいです」
「老人がかわいそうだな」
 男が視線を落とすと、
「でも、こうして国が栄えているんだからきっと喜んでくれてると思います!」
「そうだな」
 男が頷くと、国の人々がわらわらと寄ってきた。
「旅人さんかい?」
「あ、でもすぐにかえ……」
すると、別の人が言った。
「何言ってんだ! わしの宿に泊めてやる!」
「え、いや、でも」
「ザックス、抜け駆けはだめよ! 私のところに泊まるの!」
「あぁ? お前んとこはボロいだろうが」
「なんですって!?」
「あ、あの……」
「旅人さんは黙ってて!!」
 二人の剣幕に押されて、男がたじたじになっていると、ぽん。
 肩に手を置かれた。振り向くと、さっきの青年が苦笑していた。
 
ラグナッド小国は、まだ生きていた。


おわり。

5 / 5